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昨日は、失眠出先への移動時間中に、ブログ記事を書いた。
ガラケーの電池がレベル4になってしまいつつ、一生懸命、熱を入れて入力した。
あまりにも自分の胸の内をさらしすぎたせいで、アップしようか悩んだ。

アップしないんだったら、と、ついでに自問自答して、自分にあれこれ問い正してみた。
それは、わたしの実家に行く道中のことだった。

2つの場所で、2つの用事を済ませて、帰路、電車の中でブログ記事を仕上げた。
行きに書いたものと、感想は少し違っていて、爽快感、すっきり感、自分でのもやもや感、解消、
結論の方向性は、こっちだなあ???と感じた。
そして、思った。
ああ、アップしなくてよかった。

自分の胸の内をさらして、なにが嬉しい?
恥である。
ひとつ、恥の流出を未然に防げた。


帰りの電車で、ついでに、友人の実家に遊びに誘われていた件、
自分の実家の用事で、行けなくなったので、お断りの返事をした。
理由は、明確には書かず
「6月中に済ませなければいけない用事が発生したので、残念ですが行けなくなりました」
とメールに書いた。

そのお断り内容は、嘘でもなんでもなく、真実、事実である。
ただ、はっきり具体的には明言しなかっただけだ。

今のわたしには、人の実家に遊びに行く余裕がない。
ほかにすべきことが、けっこうある。
優雅に遊んでいられない。

すると、返信メールには、
「○○ちゃんは仕事、△△ちゃんは用事。□□ちゃんは会ったばかりだから、この会、今回は、お流れにするわ」
と書かれていた。
無理して合わせて行かなくてよかった、と、本気で思った。
皆も、それぞれに忙しいのだ。

優先順序をつけると、学生時代の友人と、お茶してランチ、などという時間の使い方は、
今のわたしには、(申し訳ないけれど)最下位である。
しかしながら、わたしの実家へのお誘い申し出の時には、
よくぞ、皆集まってくれたものだ。(たいして親しくもないのに)

たまたま時期が良かったのだろう。

???

ちなみに、昨日、とある人たちとの会でのお話。
出生率について話していた。

いまどきの出生率、あれは、未婚の人は分母の数には入っていないのでは香港旅行團
実際は、もっと出生率は低いに違いない。
と、未婚の税理士先生の意見。
それを受け、「未婚の人々はかなり多い」、と、某女史。
結婚できない、しない、したくない???と、いろいろ。

そこで、某女史が、つい先日、見た光景を話した。

阪急デパート?梅田店でエレベーターに一気に一緒になった、ヤング?ハイソ?ママ軍団。
お金持ち風?子連れママが4人一堂に集まり、すごいオーラで、その全員の服装、身なりの高級なこと。

あんな専業主婦を扶養できる夫は、普通のサラリーマンでは絶対に無理。
奥さんか、だんなさんの親が金持ちとか、そういう付加条件がついていないと、若い夫だけの稼ぎでは不可能だ、と、某女史の感想。

ママたちのアタマの先から、足の先まで、赤ん坊の服装、持ち物、ベビーカー、すべてが超高級。
お車で、都会のど真ん中のデパートにお越しになっておられる、これは、金持ちに他ならないと。

「家ではいったい、どんな格好なんでしょうね?」と、わたし。
「同じようなかんじでしょう」と、独身税理士。
「いっしょに家にいたら、息がつまるでしょうね」と、わたし。

これって、ハイソな方々に対する、興味、疑問、苦手感を通り越して、われわれの毛嫌い?

わたしは、たいして、毛嫌いしているというかんじではなく、
よくそんな息苦しい格好をして、都会のデパートくんだりまで、ベビーを連れて出てくるなあ???
しかも、複数で???
と、そっちのご苦労様ぶりに、驚いた。
あんなに疲れる、ストレスのたまることが、彼女たちのストレス発散なのだろう。
わたしとは、逆ベクトル方向だ。

わたしは、そもそもストッキングが大嫌い。
夏にストッキングを履くだけでも、ぞっとするのに、それにまた輪をかけたような拷問に近いハイヒールを履いて、
しかも、地球上のどこの何よりも、ストレスの塊である、赤ん坊を連れて、
あんな人ごみいっぱいのデパートへ???!!

いくら大金を積まれても、わたしは、ご免こうむりたい。
あれが、ハイソの証であるとしたら、わたしは、ぜったいにハイソには一日足りとも息苦しくて、身を置けない。
一目散に逃げるだろう。

義姉の大好きな趣味の世界も、あの匂い、あの香り。
わたしは、あの手の世界が、大の大の大の大の苦手である。
窮屈で窒息しそうだ。
「おハイソ」というものは、肌に直接サランラップを巻いているかのごとく、
わたしから、ふつうに皮膚呼吸する機能を奪う。


おそらく、これは、父の影響だろう。
今頃になって、へんなところで、父親の偏狭な嗜好、趣味を受け継いでいることを自覚して、ある意味、ぞっとした。
父は下品や野卑、無教養も嫌っていたが、探索40ザアマスの世界も大嫌いだった。

ひっそりと自分の好きなことを追求する、誰に見せびらかすでもない、自分だけの世界に浸るのが好きだった。
その趣味のためには、寝食を削って、かなりの労力、時間、お金をかけていた。
おっほっほっほ~と、高らかな笑い声のするようなザアマス夫人の居ない、
静かな世界が好きだった。
自分は、身を粉にして、一生懸命、働き、趣味にも体を使って、
(もっと面白おかしく享楽的にも楽しめる身なのに、傍らから見るとご苦労さんとも見える)熱情を注いでいた。

なんか、父とわたし、似てるかも?
と、ふと思った。
ついでに、母にも、わたしとは表現や行動の仕方、性格はまったく違うけれど、
これまた、芯の部分の流れている何かで、なんか似ているところがある。
まあ、親子ですからね。

これを「受け継ぐ」と、もし言うなら、血を受け継ぐのではなく
(血も受け継いでいるけれど今後にはあまり直に、発展性がない)
理念というか、信念というか、文化というか、マインド、魂というか、
大事にしていたこころと、大事にしていたもの、それらを大事に守っていきたい、
ただし、自分ができる範囲で。

しかも、健康体と気力と、お金が続けばの話だが。
守りきれなくなったら、そこでオシマイだろうけれど。
その3つの条件がすべて揃う時期は、人生の時期で限られている短い時間だと思う。

とかなんとか、夫の実家にもそれに近い義務が山のようにある。
自分はほったらかして、息子に守らせようなんて、そんな甘いことではバトンタッチできないだろう。
親の姿を見てこそ(今回のわたしの両親とわたしのように)、
その大事に育て愛着あるものを自分の代でも守っていきたいと感じるのである。

ということは、う~ん???
夫の家、あまり愛着はないけれど、最低限度、維持できるだけのシステムを構築しておこう。
いまどきの子供は、晩婚なので、あるいは、結婚しないので、
息子の嫁に伝えるべきこと、あれこれを、伝えたくても、嫁がいない。
そして、わたし自身が、あんまりよく知らない。
アタマの中にあるものも、いつまで正確に覚えられているか、自信がない。

こうやって、受け継がれていくべき事柄、無形の文化が、消滅していくのだろう。

不特定多数のアカの他人に向けたブログをお遊びでやっている暇があれば、
もっと実のある、実際に求められている、役に立つ、有効なことを後世の子孫のために、
わかる形で具体的に残すべきだろう。